日時:2016年1月30日(土)14時半〜
場所:奈良女子大 S棟(キャンパスマップ⑥)235教室
料金:無料/予約不要
主催:旧鍋屋交番と奈良きたまちの会(略称なべかつ)
内容:『大仏さまと子供たち』は1952年に奈良きたまち界隈で撮影された清水宏監督の名作で、東大寺で自主的に観光ガイドをして食いつなぐ戦災孤児たちの姿を生き生きと描いています。昔の奈良の風景が懐かしく、素人の子供らを使って、当時の世情と心情をフィルムに鮮やかに定着しています。ソフト化されていないので、この機会に是非ご鑑賞ください。
以下は、ブログ「鹿鳴人のつぶやき」さんより
わたしも以前ならシネマテークで見ましたが、戦後間なしの東大寺、興福寺、五重塔、奈良公園、そして奈良のまちがあちこち出てきてとてもなつかしい気持ちになりました。
またその多くが今も残っているところもたくさんありました。
ストーリーも、戦後の孤児たちが親の消息を心配しながら、元気に奈良のまちを遊んだり、ガイドの仕事をしたりしていて、当時が思い出されます。
ネタばれですが、ストリー↑↓を読んで見に行こうと思いました。
戦災をうけなかった奈良に集って来た浮浪児のうち、豊太と源治とは奈良にある各寺院の案内人の説明を覚えて、参観客の多いときには案内人の手伝いをして生活していた。二人の先輩は、東大寺の末寺の小坊主になった一雲で、やはり元浮浪児だった。そして案内人の手伝をしていた一雲から、豊太と源治は説明の文句を教えられたのだった。そのうちに丹公と清次という後輩も出来、二人がお客の金を盗んだとき豊太は探しまわってお金を取りかえして持主にかえしに行った。彼らの仲よしはバスガールの節子と、落選彫刻家の良平だったが、そのうち源治は古道具屋の店先にあった子供の仏像が縁となって、それを買ったおばさんに貰われて行った。豊太は源治と別れて淋しくなったが、相変わらずラジオの尋ね人の時間はかかさず、帰って来ない父の消息を知ろうとする希望に生きていた。やがて、落選彫刻家の小父さんも東京へひきあげることになり一人ぼっちの豊太も連れて行ってくれることになった。その前夜、豊太は念願の通り一雲と一緒に大仏さまの掌の上で寝て見たのだった。