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2016年3月16日水曜日

修二会2016*夜の帳の向こうに〜その②

今年の修二会も無事満行を迎えました。
今はまだ名残惜しい気持ちでいっぱいなのですが、すでに来年の修二会を楽しみにしているところもあります。
何度も聴聞に通いながらのめり込み絡めとられていった、後半の下七日(3/8~3/14)の夜の聴聞記です。
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3/8
この日はご近所に住む修二会初めて女子と一緒に半夜の勤行から聴聞。
まず22時に奈良倶楽部に来てもらって、簡単なレクチャーをし大まかな内容を頭に入れてもらってから伺いました。
8日に組み立てられる籠松明が、食堂や仏餉屋の軒先に立てかけられていて、もう後半になったんだなぁと思いました。
聴聞は、半夜の勤行から法華懺法までは西の局で、その後は南へ移って、局の様子も把握してもらいました。この日この時間の南の局は私達だけの貸切状態で、後夜の勤行の様子を、格子にかぶりついて(ちょっとお行儀悪いのですが)拝見し、内陣の様子もご覧いただくことができ、内容の濃い聴聞をご案内できたのでした。
下堂まで残っていると、修二会の時に一年にぶりにお目にかかる方達と再会できるという楽しみもあります。
チョーズチョーズの下堂風景、今年初めて下堂まで残ったのでした。
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3/10
8日の聴聞で最後まで残っていたのが堪えて身体がぎしぎししていたので、9日は出かけずにいました。でもそうすると行かなかったことがとても後悔されて、10日は初夜の大導師作法の内手水のあたりから入り、無理せずに法華懺法が終わって本手水となったところまで。

法華懺法の後の内陣掃除の折に戸帳が開けられて、煌めく灯りで美しく荘厳された須弥壇を真っ正面に拝することができました。連夜の聴聞で、こんなに落ち着いて静かにご本尊さまに手を合わせたことがなかったなぁと、ちょっと反省しながらここで失礼しました。
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3/11
奈良倶楽部開業記念日。そして東日本大震災が起こった日。
11日だけは「祈る」ために二月堂へ上がります。
なるべく早い時間に伺ったのですが

すでに登廊と回廊は「蜘蛛の巣払い」がされた後。
「蜘蛛の巣払い」とは、12日の籠松明の炎の勢いで火事にならないために、前日の11日に消防用のホースで存分に水が撒かれるのです。一度その場面を拝見したいものだと思うのですが、たっぷり水の染み込んだ様子で想像するだけとなりました。
北の菱燈籠はもう取ってあって、籠松明に向けて着々と準備が整っている二月堂でした。
祈りを捧げて、観音様に感謝の気持ちを申し伝えて下堂まで。
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3/13

今年になって、下七日の初夜と後夜の呪師作法で歌うように唱えられる「教化きょうけ」に突然ハマってしまいました。(知らなかったことも多く、これも聴聞歴の長い先達にお尋ねして教えていただきました。)
この唱句を聴けるのも、もう後2日と思うと、疲れたから今日は出かけないとか言ってる場合ではないと、初夜の呪師作法にピントを合わせて、13日もいそいそ二月堂に行ってきました。
「いさぎよき補陀の都に法の声常に聞かむと杖奉る声奉る」
そして法華懺法と同じ調べの「九条錫杖」が唱えられ、法華懺法がない日にこの調べを聴くことができるなんてこんな嬉しいこと!と、しっかり耳に刻むのでした。
22時から23時までという本当にピンポイントな聴聞で、こんな聴聞の仕方でいいのだろうかとちょっと内省しながらも、無理のない範囲で勉強していきたい、もっともっと知りたいと思うのでした。
役目を終えた松明の竹が細殿にかけてある、その紐が蔓だったと今日初めて知ったのでした。
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3/14
「名残の晨朝」
修二会 満行の日の達陀の後、行中最後の晨朝のお声明は、微音にて唱えられます。誰が名付けたのか「名残の晨朝」。
多くの人が達陀が終わったら下堂風景を見ようと我先にと局を出て行かれ、ざわざわの中、何とか今日のお楽しみの一つ後夜に唱えられる教化の「父母を仏になさむよしをなみ補陀の都に杖奉る声奉る」を聞き取ることができました。
そしてその後の「名残の晨朝」が大変素晴らしく、美しく静かでやさしい調べに涙が出そうになっていました。
この時に南の局に残っていた人は10名程、皆さん熱心な聴聞者で、きっとお名残惜しくて胸が締めつけられそうな淋しい気分を味わってらっしゃるのではと、勝手に気持ちを共有しておりました。
その後、明け方の満行下堂まで残る方も多い中、今年はこれにて私の修二会聴聞を終えました。

服喪の方も聴聞できるようにと、14日のお松明の後に、結界の注連縄が外されます。上の2枚の写真は、役目を終えた注連縄がぶら下がっているところをパチリ。
そしてぼけぼけですが下堂風景。最後の日は「チョーズチョーズ」の言葉もなしに静かに駆け下りていかれました。ありがとうございました。
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今年の修二会では、堂内の撮影が厳しく禁止されていました。
昨年までは撮影許可を得たカメラマン達に場所を占拠されたり、不用意なシャッター音や、祈りの場だということを忘れた振る舞いにストレスも多かったのですが、今年はそういったものが一切なく、素晴らしい時間を過ごすことができました。東大寺さんの英断に心より感謝申し上げます。(こういった感想はほとんどの方の共有するところでした。)
それ故に、靴を入れたビニール袋のがさがさした音や、局の扉を静かに開け閉めしない様子が前にも増して気になったのでしたが。
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何はともあれ、今年もたくさんの喜びや感謝や学びたい気持ちを得ることができました。また明日から、来年の修二会を楽しみに備えていきたいと思います。ありがとうございました。