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2016年12月29日木曜日

年の瀬に「仏名会」のこと*

毎年、12月14日は東大寺二月堂で「仏名会」が厳修されます。
今年は11月に「知っとこ!奈良〜東大寺の仏名会を知る〜」(講師は上司永照師)という公民館の講座を受けて、予備知識を仕入れておりましたので、当日は勢いよく出かけたのでした。
東大寺HPより「仏名会」とは
仏名会は、12月中旬の3日間、「過去」「現在」「未来」の三世諸仏の仏名を唱え、その年に犯した罪障を懺悔し、滅罪生善を祈る法会。
古くは奈良時代に宮中で仏名を唱える法会が行われたと伝えられる。
平安時代には宮中恒例の仏事となり、その後、諸国の寺院などでも勤められるようになったという。
東大寺二月堂で現在勤められている「仏名会」は、途絶えていたものを大正年間に再興したもの。
12月14日、薬師如来(過去)・釈迦如来(現在)・阿弥陀如来(未来)を主尊とするそれぞれ一千の仏像をえがいた大きな掛け軸を三本、二月堂礼堂正面に掲げて、その前で「過去」「現在」「未来」いずれかの一千仏に、僧侶が礼拝を行う。
したがって、三年がかりで、「過去」「現在」「未来」の三千仏を巡ることになる。(今年2016年は過去でした。)
この一千仏への礼拝は、仏名を唱えながら、1回毎に、両膝・両肘・額の五体を畳にすりつけては立ち上がる礼拝(五体投地)が基本で、特に下座の者は忠実に実践することが求められ、年によっては千返礼拝を行う若い僧侶の体から立ち上る湯気が格子越しにうかがえるほどである。先導して仏名を唱える導師の役は、管長以下の僧侶10人が順次正面仏前へ出て100回ずつ分担することになっている。
この一千仏の仏名等を唱える節回しは独特で、末座の者が礼拝するたびに献ずるお香の香りや、山茶花の花の色あいとともに、風情があり印象深い。山茶花の花は、二つ並べ置かれた三方さんぽうの片方に 二百個盛られており、一度礼拝するたびに他方の三方に移されてゆく。山茶花の花の盛り具合で仏名の数の進み具合が見て取れる。
「仏さまの名を呼んで謝りお祓いすることによって次に進んで行く」と、講座で上司さんがおっしゃっていた仏名会は、まさに歳末にその年の罪悪を懺悔し、新しい年に進む法会であると言えます。
また当日は、講座で教えていただいた法要の流れを確認しながら拝聴させていただきました。
朝の8時半から始まる法会、二月堂正面西の局に到着したのは15分頃。
礼堂の中の様子が良く見える場所は先客があり、後ろの方で聴聞することになりましたが、扉が開いていることもあってかなりの寒さです。(すでにこの時に、最後まで聴聞する元気をなくしておりました。)
導師の順番は狭川管長が最初に勤められ、そのあとに来年の修二会参籠衆の順番通りに、平岡師、橋村師、上司師と百仏名ごとに導師を勤めて代わっていかれました。
仏様のお名前を詠み上げられるごとにされる五体投地、ご高齢の長老さまは最初から五体投地されず、お若い方の長老さま達は、最初の百仏名の狭川管長が導師の時には一称ごとの五体投地をゆっくり無理のないような姿勢でされてましたが、それ以降は百仏名終わったあとの三仏法号の時のみ五体投地という様子でした。
本当に、かなりの体力が要る法要だと、聴聞していて感じました。皆さん途中で汗を拭ってらっしゃるくらいで、長老樣方には大変なことと思われます。
でもそうして身を挺して懺悔し祈っていただいて、大変有り難い思いでいっぱいになって帰りました。
実は、防寒対策をしっかりして行かなかったために寒さに勝てず、四百仏名を終えられたところで、二月堂を後にしたのです。来年は後半部分からでも参加できればと思っています。

数取りの山茶花の花の色が、途中で立ち上がった時に目に入り、美しいなぁと思いました。席は後ろの方だったので、お焼香されていた様子は見えなかったのですが。
また、少し疑問に思ったのは、山茶花で数取りしても導師の方には見えないのではと思ったのですが、これはきっと諸衆に大体の様子がわかるようにされている計らいなのかもしれませんね。

ブログアップが大変遅くなりましたが、年の瀬に「仏名会」の投稿記事を書いていると、あの時の二月堂内の何ともいえない緊張した空気感が思い出され、自分自身の一年も反省したり、また新たな気持ちになったりしています。

写真は12/14撮影のもの。
3枚目は不動堂横の木蓮。
枝いっぱいの冬芽に春の訪れを約束されたように感じました。
4枚目の写真は二月堂黒板。
「抱かれる子供は良い子に育つ」・・・いい言葉ですね。