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2014年3月15日土曜日

「奈良の旅人」エッセイ選考発表〜多田みのり賞

お待たせしました!「奈良の旅人」エッセイ、各選考委員賞と奈良倶楽部大賞を、今日から少しずつブログで発表していきます。
まずは、旅と歴史のライターで奈良市観光大使の多田みのりさんが選んだ作品です。(下段に多田さんの講評を掲載しています)

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「私のお気に入りの奈良」      奈良県 S.T.様

堺市に住む友人夫婦は70歳代、私たち夫婦は60歳代だ。
若いときは彼女一人でイタリア、フランスやトルコに旅行していた友人は 最近、奈良くらいの距離が体にちょうどいいと言う。
これからはご主人と一緒に「あまり欲張らずにゆっくり時間を過ごせる場所を探しているの」とおっしゃる。

2011年3月。二月堂では1260回目のお水取りがはじまっていた。
そのさなかの11日、あの東日本大震災と原発の事故が起き、日本中が沈没したかのようになった。
その次の日の夜、お松明の開始前に東大寺の北河原公敬管長がマイクで異例の呼びかけをされたという。いたたまれずにお水取りに出かけた家人が聞いて興奮して帰ってきた。
満行を迎える14日の夜、今度は二人で二月堂の下に立っていた。
北河原管長は広場を埋め尽くした人々に大震災の犠牲者に祈りをささげようと静かな口調で呼びかけられた。次に被災者のためにめいめいが何をできるか考えようとおっしゃった。最後に一人ひとりがそれぞれの場で本分をつくそうと話された。計り知れない心の傷を受けた直後、今こそ仏さまにすがりたい気持ちでいっぱいだった。
心に染み込むお言葉を居合わせた人々は素直に聞いていたと思う。
この話をしたら友人夫妻はぜひお水取りに行きたいと言い、次の年の3月5日、人出が少なそうな日を選んで初めて泊りがけでやってきた。二月堂の下、興成社のすぐ横で友人と私たち夫婦の四人が二時間くらい お松明が上がるのを待っていた。少し前から雨が落ちてきたけど気温は季節にしては高めだった。待っている間、寒く感じなかったのだから。雨傘がちょうど興成社の柵に引っ掛けられて「特等席だね。」と子供みたいに喜んではしゃいでいたのを覚えている。
午後7時、二月堂に続く登廊の通路にはピンと張りつめた空気が漂った。
パチパチパチと一気に燃え上がった松明を童子が肩に担ぎ回廊を上っていく、その後には練行衆が続く。登廊を上った松明が舞台へと進むと広場を埋めた参拝者からウヮーとどよめきが湧き上がった。しかしお祭りではないのだ。 
ざわめきも一瞬にたち消え全体が祈りに包まれるように感じた。何と荘厳な時間だろう。友人たちも押し黙ったままだった。
薄暗い道を今晩の宿に向かいながら「来てよかったわ」と何度も感謝された。

昨年暮れにも一泊で奈良にお誘いした。4人で二月堂の舞台に上がってみた。空はどこまでも続いている。その日は生駒から大阪あたりまでよく見えた。澄んだ空気を吸い込んで手を合わせると心が洗われるようで清々しい。
これからの人生をどのように過ごしていこうかと考えているのか、それぞれ遠くの景色を見つめていた。全員が老後の不安も感じ始めている…。
二月堂から見る我が家は奈良市内だが京都との境にあって、歩いてちょうど10000歩の距離だ。予定のない日の午後の散歩コースとして楽しんでいる。
二月堂は祈りを通じて自分を見つめ直す場所かもしれない。今度、初めてそう思った。

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<<多田みのりさんの講評>>
このたびは、このような貴重な機会をいただき、誠にありがとうございました。
私事ですが、子育て中で訪寧がしずらくなり、少し奈良を遠く感じていた時だっただけに、いろいろなかたの「奈良旅への想い」を読ませていただき、共感やあらたな発見がたくさんあり、時にほほえみ、時に「なるほど!」と膝を叩き、時に涙をながしながら、拝読させていただきました。
これほどみなさんの想いの詰まったエッセイに甲乙をつけるなんて!と、予想以上の重責を感じましたが、私なりの秀作をいくつか選ばせていただきました。
みなさん良い旅をしていらっしゃるので、旅の善し悪しではなく、「私が共感できたもの」という視点で選びました。

総評として、いろいろなモノを見知っている二組のご夫婦が、お水取りをとおして人生を見つめ直している様子が穏やかに語られていて、熱っぽすぎないのだけど、心に響きました。
そしてなにより、2011年3月11日のあの日あの時、私はお腹に子供を抱えて、揺れの中泣きながら、お水取りのことを考えていました。「今もこの時も、練行衆のみなさんが私たちのことを祈っていてくださる。だから私は大丈夫」とパニックになるのを抑え、そして、「どうか東北のみなさんを、すべての子供を守ってください」と祈っていました。
しかしまさか、奈良で、お水取りに集まったみなさんたちが、遠くから祈りを捧げていてくれたとは、今の今まで知りませんでした。
この方の投稿を読み、万感の涙があふれました。遠くに居ても、心の中に奈良がある、改めてそう思うことができました。
その感謝をこめて、このかたの作品を1番に選びました。
私も、自分を見つめ直すために、これからの人生を考えるために、二月堂を訪れたいと思います。

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S.T.様、「多田みのり」賞おめでとうございます。
明日は「生駒あさみ」賞の発表です。(続く)