ページ

2014年3月20日木曜日

*奈良の旅人エッセイ*ブログ開設しました

先日来よりブログで発表しています「奈良の旅人」エッセイについて
各選考委員賞と奈良倶楽部大賞入賞作品も含む全てのエッセイを
*奈良の旅人エッセイ*という別ブログに掲載しました。→こちら
皆さんからいただいた作品を読ませていただき、3人の選考委員もまったく同じ思いですが、皆さんの「奈良への想い」 に「本当にそうそう!」と共感して、有り難くて泣きそうになりながら、何度も読み返しては濃密で幸せな時間を過ごさせていただきました。
「奈良が大好き」という共通項で結ばれているせいもありますが
*奈良の旅人エッセイ*ブログを通して、この共感を多くの方と共有できれば嬉しく思います。

「皆さんのエッセイ全てどれを取っても、奈良への深く熱い思いが感じられて甲乙付け難かった」 とおっしゃる、倉橋みどりさん、生駒あさみさん、多田みのりさんからは、それぞれの選考委員賞の他に2〜3点の作品について講評いただいています。
*奈良の旅人エッセイ*のリンク先を参照に、以下に講評を記します。

<<多田みのりさん>>
エッセイ-14-「奈良を旅して」
奈良の夜の魅力をよく切り出していらっしゃると思いました。
泊まってこその体験。闇の向こうに1300年前を感じられる魅力がよく表れていました。
エッセイ-19-「私のきっかけ、奈良の旅」
終盤近くの、奈良の一体どこが好きなんだろう。というくだり。
私もまさにその通りです!共感度大でした。
エッセイ-5-「また 奈良?」
人生のいろいろなタイミングと奈良旅体験を重ねて書いてくださり、とても印象的でした。私も常々思っていますが、「奈良は変わらない。しかし自分が変わるから奈良旅は飽きない」のです。だからこの方も私も、これからも折々に奈良を旅し、新しい奈良を感じていければと思います。
エッセイ-24-「私の奈良旅」
10歳の女の子のエッセイ、文句無しに、未来の観光大使。感性豊かで、主張もしっかりあって、どんな奈良好きになるのか、楽しみです。

<<生駒あさみさん>>
エッセイ-11-「お水取りへ…終われない旅」
奈良へのあこがれを若いころからずっと持ち続け、 還暦の年にずっと思い描いていたお水取りに行けた感動はとても大きなものだったのですね。その喜びが胸に迫ってきました。 そして最初で最後と思っていた旅がスタートの旅になり、訪れるたびにお水取りへの知識と愛を深め、さまざまなご縁とつながっていく。私自身の奈良旅もそうだったな、と、読んでいる間自分の奈良旅を思い返してなんだか懐かしい気持ちになりました。

<<倉橋みどりさん>>
エッセイ-15-
「頭塔」を巡る旅をコミカルにまとめておられる作品にもとても心惹かれました。この作品を参考に、私も近々全スポットを回ってみたいと思っています。

さて、私も思わず膝を打った作品が少なからずあるので、少し感想を述べてみたいと思いますが、それは後日に…。

トップの画像と*奈良の旅人エッセイ*にもアップした画像は
昨年9月にご宿泊されたお客様よりメールでいただいた大仏殿にかかる虹の写真です。 旅から帰って「早朝のお散歩で二月堂から見た大仏殿にかかる虹は一生忘れることのできない宝物です」とメールでいただきました。
また、 *奈良の旅人エッセイ*のタイトル画像の虹は、昨年2月ハワイ島で見た虹です。


2014年3月18日火曜日

「奈良の旅人」エッセイ選考発表〜奈良倶楽部大賞

「奈良の旅人」エッセイ、本日の発表は「奈良倶楽部大賞」受賞作品です。(下段に講評あり)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「匂う」   東京都在住 F.A.様

奈良には空気に匂いがある。
近鉄奈良駅から地上への階段をあがるにつれ、視界には東の山並みが、そして鼻孔にはこの町独特の匂いが入ってくる。あぁまた奈良に来たんだなぁ、としみじみ感じる瞬間である。

「ここは町方(まちかた)に融けている」と書かれたのは司馬遼太郎氏で、それは東大寺境内の西辺についてであった。転害門以外にさしたる結界のないさまを そう表現されたのだが、よく考えてみれば、奈良公園一帯はすべて「融けている」のではなかろうか。なにせ名所のほとんどが地つづきで、あいだを隔てる塀や柵、門がほぼない。あっても役を果たしていない。どこもかしこもイケイケなのだ。東向商店街から数歩脇へそれるとそこはもう興福寺の境内で、目の前にはいきなり築数百年の伽藍が現れる。三条通はそのまま春日大社の参道へつづき、やがて春日山遊歩道となる。東大寺の南大門を二十四時間出入りできるのも、よそ者からすると驚異である。
ここでは、非日常と日常、自然と人間、旧と新、聖と俗……いろんなものが境なく融け合っているのだ。もっと言えば、車の走行を平然とさえぎり、人の面前で脱糞あそばす神鹿の存在など、その最たるものだろう。人間と動物のあわいさえも「融けている」。

そんな奈良では、私のような旅人もおのずと「融けて」、身も心もオープンにならざるをえない。ヨロイやフンドシはどこへやら、温泉につかっているかのように心底くつろぐ。開放感にひたりつつ深々と息をつくと、身内に満ちてくるのが、この町独特の空気、匂いだ。
枯芝の匂い。若草の匂い。樹木の匂い。日なたの匂い。土の匂い。鹿の体臭や糞臭。伽藍を支える木材の、檜や杉の匂い。古い建物にしみついた埃臭さや黴臭さ。たちのぼる線香の薫煙。……いろんなものが融け合い渾然一体となった空気は、どんなハーブともアロマオイルともちがう、えも言われぬ匂いで、私を陶然とさせるのである。
一度、初夏の雨上がりに奈良入りしたおり、蒸散作用もあったのか、この「奈良の匂い」が猛烈に立ちのぼっているのに出くわしたことがある。夜更けて奈良倶楽部のベッドに入ったあとも、窓から空気が流れ込み、一晩中まるでアロマテラピー状態だった。
書いているうちに、またぞろあの匂いが恋しくなってきた。常習性がつよいのかもしれない。私が奈良通いをやめられない所以である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
F.A.様、奈良倶楽部大賞おめでとうございます。
選考委員の皆さんからの講評です。

<<多田みのりさん>>
私も奈良の匂いが大好き。様々なものが溶け合い醸し出す奈良の匂い。ガイドブックでは伝わらない奈良の魅力を的確に捉えていらっしゃって、「同志よ!」と思いました。この方とお酒飲んだら楽しそうです(笑)

<<生駒あさみさん>>
わかる!と思いながら読みました。一番共感しました。
嗅覚という目には見えない、でも確実にある奈良の匂いを文章で伝えてくれた作品です。

<<倉橋みどりさん>>
「匂う」は、選考委員全員が推した一篇です。奈良の魅力を「匂い」に託したところにオリジナリティが感じられました。最後の「常習性がつよいのかもしれない」という一文には、ちょっと照れているような筆者の表情が見えてくるようで、好感を持ちました。

<<私も少し感想を…>>
「匂い」で奈良の魅力を表現されたこともさることながら、司馬遼太郎の「 ここは町方に融けている」という言葉を引用して、奈良の町の境界のない大らかさや空気感を見事に言い表されたところに感心しました。本当に、確かにそうなんです。そしてその大らかな魅力を漠然と感じてはいるのですが、「いろんなものが境なく融け合っている」と的確に言われて気づいたところもあります。お客樣方から、「奈良はほっこりして気持ちが寛ぐ」とよく言われますが、こういう面こそ奈良の魅力なのでしょうね。ありがとうございました。

ここでは4作品のみの発表でしたが、ご応募いただいた皆様からの力作は、近日中に別ブログで発表させていただきます!(乞うご期待!)

2014年3月17日月曜日

「奈良の旅人」エッセイ選考発表〜倉橋みどり賞

「奈良の旅人」エッセイ、本日は「文化創造アルカ」主宰の倉橋みどりさんが選んだ作品の発表です。(下段に倉橋さんの講評を掲載しています)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「秋篠寺を訪ねて」    愛知県在住 O.N.様

夫と二人で奈良を旅して秋篠寺を訪ねたのは、九月の終わりの曇り空の午後でした。雨を包み込んだ雲に覆われたこの日の奈良は、しっとりとした衣を纏っているようでした。
近鉄奈良線の大和西大寺駅で降りて、雨が降っていないことを確かめた私たちは、秋篠寺まで歩くことにしました。歩くことで、その町が持っている雰囲気や匂いを感じ、新たな発見をするという楽しみがあります。楽しい気付きがあることを願いつつ、バス道路に沿って私達は歩き始めました。
西大寺駅から秋篠寺までの道程は歩きやすい道ではありません。北西に湾曲しているこの道は車の往来が多く、しかし歩道は狭い。でも、そこに点在している建物は興味深いものでした。駅からすぐのところにある酒屋はこの地方の地酒の銘柄を入口の開き戸に貼り出してあり、それを全部読みあげることは楽しかったし、何気なく佇んでいるケーキ屋の様子やマンションの在り方も趣深いものでした。そういった普通の町の延長線、奈良秋篠局という郵便局を北へ向かい、競輪場の標識からさらに北へ進むと、民家の中へ入っていきます。 秋篠の里へ私達は踏み込んだのでした。もちろん、現代の里です。茅葺屋根の家があるわけではありません。しかし、それぞれの建物が千年以上 前から存在していると言われたら、そうかと納得できる匂いをこの里は持っているのでした。そんなことを思っていると、細かい雨が降り出しました。現代の里に、この雨はよく合っています。傘をささずに歩き続けました。秋の初めの暖かい雨を受け止めながら歩いているうちに、お寺に着きました。雨に誘ってもらったのでした。
門をくぐり、本堂へと向かいました。雨脚が少し強くなりましたが、やはり傘を使わずに歩きました。境内のたくさんの木々は、秋になって、それぞれ枯れた緑色を呈し、二人を迎えてくれました。この寺は小さく美しく存在し、木々の間から何かしらの音が聞こえます。それは日本の古い楽曲であったり、西洋のバロックであったり、時にはジャズであったりします。本堂が現れると、それまで木々に覆われていた視野が開け、自然と中へ足を踏み入れていました。
秋篠寺の伎芸天は有名です。初めて観る私にも美しい仏像でした。それより、二人の一致した思いは、本尊の薬師如来の存在でした。この寺の御本尊は、若いお顔をしていらっしゃるのです。私が今まで観た日本のお寺の御本尊の多くは、どっしりと鎮座していらっしゃるのですが、秋篠寺の薬師如来は少年の面影を残し、爽やかなのです。側面から眺めたお顔も、左右それぞれ違う趣があり素敵です。少し距離をおいて向かい合うと、薄暗い本堂の中で光を放っているようなエネルギーを感じます。それは、受け取る人間に希望を与えるような光でした。この日は参拝客も少なく、本堂の中で夫婦二人になることも多々ありました。三十分ほど仏達と向かい合い、どちらからともなく本堂を後にしました。振り返って建物を見ると小さく佇み、このお寺の居住いを見るようでした。
帰りは畑の中を通り、駅へ向かうことにしました。途中、年配の女性に道を尋ねました。知らない土地で人と接することは楽しいものです。その女性は丁寧に教えてくださいました。この里に住まわれて幾度となく旅人に道を訊かれたのでしょう。たぶん、秋篠寺が建立された頃から、旅人はこの土地の人に尋ねながら、寺に詣でたのではないか…と思うと、「ふふっ」と笑いたくなりました。夫も同じことを思ったのでしょう。お互いに顔を見合わせて笑いました。
何でもない小さなことが、旅の記憶に残るものです。私にとっても、駅へ戻る途中の何ということのないこの出来事が、懐かしく思い出されます。暖かい記憶です。奈良には人の気持ちを暖かくさせる、そんな力があるのかもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 <<倉橋みどりさんの講評です>>

今回の応募作品は、どれを取っても奈良への深く熱い思いが感じられ、何度もうなづきながら、ときに唸りながら読ませていただきました。
倉橋みどり賞は、「秋篠寺を訪ねて」に差し上げたいと思います。
秋篠寺の伎芸天の美しさはもちろんのこと、お寺への行き帰りの様子もこまかく書いておられ、まるでご夫妻といっしょに歩いているような気分を味わうことができました。それにしても仲むつまじい様子が羨ましく、微笑ましく、お二人の奈良旅の続編をぜひ読ませていただきたくなりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
O.N.様、「倉橋みどり」賞おめでとうございます。
さて次回はいよいよ「奈良倶楽部大賞」の発表です。(続く)

2014年3月16日日曜日

「奈良の旅人」エッセイ選考発表〜生駒あさみ賞

「奈良の旅人」エッセイ、本日は「奈良旅手帖」編集の生駒あさみさんが選んだ作品の発表です。(下段に生駒さんの講評を掲載しています)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「尊敬する人物は?」       神奈川県 H.K.様

その問いに、私は子供の頃から「聖徳太子」と答えてきた。
今から約一五〇〇年前の飛鳥時代の政治家。十人の人の話を同時に聞くことが出来るなど、様々な伝説が残るスーパースター。そして、私が子供の頃の一万円札と五千円札の肖像画の人物だ。
だから中学時代、修学旅行で聖徳太子が活躍した奈良に行くことになった時は本当にうれしかった。特に、聖徳太子が創建した世界最古の木造建築である法隆寺。その法隆寺の『五重塔』や『金堂』、そして、聖徳太子を供養するために建てられた神秘的な雰囲気が漂う八角円堂の『夢殿』を見学するのが、子供心にも 楽しみでしかたなかった。
そしていざ出発の日。私は風邪をひいて三十九度近くの高熱を出してしまった。だが、私の気持ちはすでに奈良にあり、母親と担任の先生の反対を押し切って修学旅行に参加した。結局、奈良についても高熱のため観光には参加できず、楽しいはずの二泊三日の奈良観光はホテルの布団の中で過ごすこととなった。
その後、社会人となり、奈良へは仕事で何度か訪れた。その際、奈良市内にある東大寺や奈良公園、薬師寺などには行くことができたのだが、残念ながら、法隆寺がある斑鳩までは足を延ばすことが出来なかった。
それなら、観光で行けばいいのだが、家族の希望は北海道や沖縄、ディズニーランドなどばかりで、残念ながら、私の斑鳩、法隆寺への希望は後回しにされている。
聖徳太子ゆかりの地である斑鳩をのんびりと散策する。この私のささやかな夢。簡単に出来そうで、未だに叶わないでいる。しかし、もし実現した時のために、プランはすでに出来ている。
法隆寺駅を降りて、斑鳩の田園風景の中をのんびりと歩く。法隆寺へと続く松並木の参道はさらにのんびりと味わうように歩いていく。そして、心静かに境内に 入る。やはり『五重塔』、『金堂』『夢殿』は外せない。とは言っても、たぶん、隅々まで見てしまうはずだ。この中でも、聖徳太子等身の像と伝えられている 国宝救世観音像が安置されている夢殿はじっくりと拝観したい。
法隆寺を満喫した後は、藤ノ木古墳や法起寺、法輪寺、中宮寺などを巡る。本当であれば一人で行きたいところではあるが、妻がどうしても来たいというならば(絶対に来るというに決まっているが)連れて来てあげよう。
夜は、柿の葉寿司を食べながらお酒を飲む。そして、心は聖徳太子のいた飛鳥時代へ。定かではないが、聖徳太子もお酒を飲んだと言われている。そんなことを想いながら飲むお酒はきっと格別に違いない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<<生駒あさみさんの講評です>>

今回選考をさせていただいて、本当にありがとうございました。
書き手の皆様の奈良への愛溢れる文章にどっぷりと浸らせていただきました。 読んでる間、誇張ではなく本当に涙が止まりませんでした。
奈良って本当に本当に良いところで、みなさんそれぞれの奈良があって それぞれの愛し方で奈良を愛していて。 みなさんの文章からそのことを感じることができて、読んでいる間本当に幸せでした!
そして選考に当たり、再度読み返していたのですが、やはりどの作品も素晴らしいなあと・・・。
どの人も、自分が感じる奈良はこんなに素晴らしいんだよ!ということを伝えたいその気持ちがすごく伝わってきて、また泣いてました(笑)

どのような観点で選ばせて頂こうかと考えましたが 一番自分が共感できる作品に絞らせていただきました。
個人的なことですが2月末についに奈良に移住しました。 しかし住んでいても基本的には旅人でありたい、奈良へ憧れ続けていたいという思いがあります。
そんな、「憧れる気持ち」に共感した作品を選ばせていただきました。

「尊敬する人物は?」は、 何度か奈良に来ていても、まだ行ったことのない法隆寺にあこがれる思い・・・ どのようにめぐろうかと思いを馳せるこの作品が心に残りました。
旅の計画を立てるときから旅がはじまっていると思います。
その場所に行ったら…と期待に胸を膨らませている様子にはとても共感してわくわくしました。 法隆寺行きが実現したら憧れていた場所に行けた思いや、どんなふうに回ったかをぜひ聞かせてもらいたいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
H.K.様、「生駒あさみ」賞おめでとうございます。
明日は「倉橋みどり」賞の発表です。(続く)

2014年3月15日土曜日

「奈良の旅人」エッセイ選考発表〜多田みのり賞

お待たせしました!「奈良の旅人」エッセイ、各選考委員賞と奈良倶楽部大賞を、今日から少しずつブログで発表していきます。
まずは、旅と歴史のライターで奈良市観光大使の多田みのりさんが選んだ作品です。(下段に多田さんの講評を掲載しています)

・・・・・・・・・・・・・・・
「私のお気に入りの奈良」      奈良県 S.T.様

堺市に住む友人夫婦は70歳代、私たち夫婦は60歳代だ。
若いときは彼女一人でイタリア、フランスやトルコに旅行していた友人は 最近、奈良くらいの距離が体にちょうどいいと言う。
これからはご主人と一緒に「あまり欲張らずにゆっくり時間を過ごせる場所を探しているの」とおっしゃる。

2011年3月。二月堂では1260回目のお水取りがはじまっていた。
そのさなかの11日、あの東日本大震災と原発の事故が起き、日本中が沈没したかのようになった。
その次の日の夜、お松明の開始前に東大寺の北河原公敬管長がマイクで異例の呼びかけをされたという。いたたまれずにお水取りに出かけた家人が聞いて興奮して帰ってきた。
満行を迎える14日の夜、今度は二人で二月堂の下に立っていた。
北河原管長は広場を埋め尽くした人々に大震災の犠牲者に祈りをささげようと静かな口調で呼びかけられた。次に被災者のためにめいめいが何をできるか考えようとおっしゃった。最後に一人ひとりがそれぞれの場で本分をつくそうと話された。計り知れない心の傷を受けた直後、今こそ仏さまにすがりたい気持ちでいっぱいだった。
心に染み込むお言葉を居合わせた人々は素直に聞いていたと思う。
この話をしたら友人夫妻はぜひお水取りに行きたいと言い、次の年の3月5日、人出が少なそうな日を選んで初めて泊りがけでやってきた。二月堂の下、興成社のすぐ横で友人と私たち夫婦の四人が二時間くらい お松明が上がるのを待っていた。少し前から雨が落ちてきたけど気温は季節にしては高めだった。待っている間、寒く感じなかったのだから。雨傘がちょうど興成社の柵に引っ掛けられて「特等席だね。」と子供みたいに喜んではしゃいでいたのを覚えている。
午後7時、二月堂に続く登廊の通路にはピンと張りつめた空気が漂った。
パチパチパチと一気に燃え上がった松明を童子が肩に担ぎ回廊を上っていく、その後には練行衆が続く。登廊を上った松明が舞台へと進むと広場を埋めた参拝者からウヮーとどよめきが湧き上がった。しかしお祭りではないのだ。 
ざわめきも一瞬にたち消え全体が祈りに包まれるように感じた。何と荘厳な時間だろう。友人たちも押し黙ったままだった。
薄暗い道を今晩の宿に向かいながら「来てよかったわ」と何度も感謝された。

昨年暮れにも一泊で奈良にお誘いした。4人で二月堂の舞台に上がってみた。空はどこまでも続いている。その日は生駒から大阪あたりまでよく見えた。澄んだ空気を吸い込んで手を合わせると心が洗われるようで清々しい。
これからの人生をどのように過ごしていこうかと考えているのか、それぞれ遠くの景色を見つめていた。全員が老後の不安も感じ始めている…。
二月堂から見る我が家は奈良市内だが京都との境にあって、歩いてちょうど10000歩の距離だ。予定のない日の午後の散歩コースとして楽しんでいる。
二月堂は祈りを通じて自分を見つめ直す場所かもしれない。今度、初めてそう思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<<多田みのりさんの講評>>
このたびは、このような貴重な機会をいただき、誠にありがとうございました。
私事ですが、子育て中で訪寧がしずらくなり、少し奈良を遠く感じていた時だっただけに、いろいろなかたの「奈良旅への想い」を読ませていただき、共感やあらたな発見がたくさんあり、時にほほえみ、時に「なるほど!」と膝を叩き、時に涙をながしながら、拝読させていただきました。
これほどみなさんの想いの詰まったエッセイに甲乙をつけるなんて!と、予想以上の重責を感じましたが、私なりの秀作をいくつか選ばせていただきました。
みなさん良い旅をしていらっしゃるので、旅の善し悪しではなく、「私が共感できたもの」という視点で選びました。

総評として、いろいろなモノを見知っている二組のご夫婦が、お水取りをとおして人生を見つめ直している様子が穏やかに語られていて、熱っぽすぎないのだけど、心に響きました。
そしてなにより、2011年3月11日のあの日あの時、私はお腹に子供を抱えて、揺れの中泣きながら、お水取りのことを考えていました。「今もこの時も、練行衆のみなさんが私たちのことを祈っていてくださる。だから私は大丈夫」とパニックになるのを抑え、そして、「どうか東北のみなさんを、すべての子供を守ってください」と祈っていました。
しかしまさか、奈良で、お水取りに集まったみなさんたちが、遠くから祈りを捧げていてくれたとは、今の今まで知りませんでした。
この方の投稿を読み、万感の涙があふれました。遠くに居ても、心の中に奈良がある、改めてそう思うことができました。
その感謝をこめて、このかたの作品を1番に選びました。
私も、自分を見つめ直すために、これからの人生を考えるために、二月堂を訪れたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
S.T.様、「多田みのり」賞おめでとうございます。
明日は「生駒あさみ」賞の発表です。(続く)



2014年3月14日金曜日

修二会期間中の宿泊御礼とエッセイ発表について*

今このブログを書いているのは3月14日の18時前。

修二会最終日の「尻焦がし松明」を見るために
早くからお客樣方全員お出かけで、誰もいない館内に一人。
修二会の期間中、今年もたくさんの方に宿泊していただきました。
あらためて、御礼申し上げます。ありがとうございました。
今年も、お客様方のお水取り参観のサポートができて、皆さんに喜んでいただけたようでほっとしています。
私自身は、今まで以上に修二会の行法をもっと知りたいという知識欲が強くなって、この時期の二月堂の磁力に増々惹かれていく自分が面白いというか、とにかく楽しい幸せな14日間を過ごさせていただきました。
何より、修二会を通してお客樣方とたくさんの感動を共有できましたこと、本当にありがとうございました。(トップの画像は2010年3/14撮影)

::
さて、長らくお待たせしています「奈良の旅人」エッセイについて
お水取りが終わった明日より、各選考委員賞(各1名/計3名)と奈良倶楽部大賞(1名)の発表と、各選考委員の講評の掲載を順々にしていこうと思っています。
ブログに掲載発表させていただく作品は3名の選考委員が選ばれた3作品と、選考委員全員で選んだ大賞作品の4作品になるのですが・・・。

実は、選考委員一同、皆さんの書いて下さったエッセイ全てどれを取っても奈良への深く熱い思いが感じられて甲乙付け難かったのでした。
で、このブログでは4作品の掲載になりますが、ご応募いただいた全作品(42作品)を、「奈良の旅人」ブログを新たに作って掲載し、皆様と奈良への思いを共有できればと考えています。
倉橋みどりさん、生駒あさみさん、多田みのりさんからは、それぞれの選考委員賞の他に2〜3点の作品について講評いただいていますので、こちらも「奈良の旅人」ブログ開設後に発表したいと思っています。(「奈良の旅人」ブログ開設は、今月中には・・・もうしばらくお待ち下さい。)


2014年3月12日水曜日

いっくんの「神さまからの宿題」

昨年12月にご宿泊のお客様のご縁から、筋肉が骨に変わる進行性の難病FOPと闘っている、いっくん(山本育海くん)を応援する絵本『神さまからの宿題』が届きました。

いっくんのこと、難病FOPのことを、一人でも多くの方に知ってもらいたいとこの絵本は生まれました。

いっくんが難病FOPと診断されたのは小学校3年生の夏。
鉄棒から落ちた時に、たくさん新しい骨ができて、この病気であることがわかったのだそうです。FOPは、筋肉に負担がかかると骨化が急激に進み、身体の自由が奪われる、治療法も治療薬もない病気です。
小学校で書いた詩の中で自分の病気のことを「神さまが出してくれた宿題」と表現したいっくん。小学校5年生の時に、お友達が「いっくんお守り隊」を結成し、その活動の一つとして、この絵本を作ったそうです。みんなで ストーリーを考え、絵を描いた、温かい手作り絵本です。
一冊500円、収益金の一部がiPS細胞研究所へ寄付されます。
写真
奈良倶楽部でも募金箱と絵本を置かせていただきます。
どうぞ手に取ってご覧いただきご協力よろしくお願いします!

この新聞記事↓に、皮膚の細胞をiPS細胞研究所に提供して研究に協力してきた、いっくん(山本育海くん)のコメントが!(2013年12月25日)

(記事はクリックで拡大します↑)
一日も早く治療薬の開発ができますように!

いっくんについての詳しい情報は「いっくんのブログ」をご覧下さい。
また、FBのページはこちらです。
ささやかな応援ですが、続けていきたいと思っています。

2014年3月11日火曜日

25周年を迎えて*

昨晩は、私の中で最後のつもり聴き納めの二月堂聴聞でした。
二月堂の中で日付が11日に変わって、25年前の開業した日に思いを馳せ、二月堂のご本尊様にずっと守っていただいていることに感謝の気持ちをお伝えし、そして、3年前の同じ11日に震災で亡くなられた全ての方々のご冥福と残されたご遺族の安寧をお祈り致しました。

一日の行を終えて下堂される練行衆をお見送りして、西の空に煌々と輝く月の光を追いながら二月堂を下りる時、ちょうど「奈良太郎」の午前1時の鐘の音の響きがあたりを包んで、美しい世界の中で夢かうつつかという不思議な気分を味わうことができました。

帰宅してPCを開けたら、開業記念日のお祝いメールやメッセージが。
時間を割いて心を寄せて下さったということが、どれほど励ましになることか。有り難い思いでいっぱいになりながら、今日この日に思うことは、昨年と同じこと。
いただいたさり気ない思いやりや優しさをまた誰かにお返ししていく。そんな厚意の連鎖を紡いでいきたいと、ささやかに願っているのです。

26年めに入る明日から、またどうぞよろしくお願い致します。

2014年3月9日日曜日

二月堂修二会2014*奉納の竹がお松明に

奈良倶楽部開業25周年記念にと、初めてお松明の竹を奉納しました。
その竹が9日の初夜上堂松明として上げていただけることになって
ご近所の童子さんからも連絡があり、朝から二月堂へお詣りに行った友人からも写真が送られてきて、「いよいよ出番!」という緊張感と高揚感でいっぱいに。
お客樣方がお松明見学にお出かけになった後で、急いで二月堂まで。
12日の籠松明も出来上がってました。
18時ちょうど、そこそこ混み合ってる二月堂の下を諦めて
まだそれほど人出のない登廊下で見学することにしました。
思えば、この場所。
昔、まだ子供達が小学生だった頃に何度か見学した場所です。
20年以上前はお松明が始まる19時ちょうどに二月堂に到着しても余裕で見学できましたので、まずここで松明が上がって行くところを見て
それから舞台下に移動して…ということもできたのでした。
うちの子供と同級生だったお子さんも今は練行衆のお一人ですが、その当時、この場所で見学されていたことなど懐かしく思い出されます。
そうこうするうちに加供さんの三度の案内。
チョロ松明を持って二月堂へ、練行衆の上堂を告げる「出仕の案内」から戻って、そのチョロ松明で大松明に火をつけられます。
奉納の竹は、下座から4人目、北衆之二・池田圭誠師の上堂松明として上げていただけるそうで、ドキドキしながら見送りました。


登廊を上がって行かれて、舞台が見えるところへ移動して
お松明の炎と火の粉に、心の中で手を合わせ
最後まで見送ることができました。
お松明はまだ途中でしたが、チェックインがまだのお客様がいらしたので、ここで二月堂を後にしました。
登廊下まで戻ると「北二さんの竹、入ります」(だったような?)という加供さんの声が聞こえて、「あれ?北二(北衆之二)さんて?」と思って間もなく、用を終えたお松明が戻ってきたのでした。
(お松明が上堂する合間に役目を終えたお松明が下りてくるのですね)
担いでいただいた童子さんにちょうどお礼をお伝えできて何よりでした。

<<追記>>
翌朝、4番目のお松明の写真が知人よりメールで届いていました。
お松明の竹を奉納することも、それを上堂松明としてあげて頂くことも
そして写真に撮って下さったことも、勿体なくも有り難い出来事ですが
でも25年のご褒美としてこういうこともあっていいかなと思ったり。
多くの方のご好意に感謝です。ありがとうございました。


2014年3月6日木曜日

二月堂修二会2014*「大導師作法」

弥生六日目のお月さま
仕事を終えて、午後9時前に今晩も二月堂へ向かいます。
2日に聴いた後夜の大導師作法、4日に聴いた初夜の大導師作法。
新大導師さんの伸びやかで艶のある朗々としたお声。丁寧に詠み上げられる祈りの言葉がとても聞き取りやすくて胸に響きます。
その美しい声明、新大導師さんの唱え奉られる祈りの作法を、もう一度(いや、何度でも)拝聴したくて、また二月堂へ。よりはっきりと聴いてみたくて南の局へと参ります。
ほんの2時間前にお松明でごったがえしていたであろうこの場所も
今は人の姿もなく、杉葉の燃えた匂いが辺りを包んでいます。
お水取り後半の忙しい一週間を前に、まだ先が長いのであまり飛ばさないよう、今日は神名帳から大導師作法のみ。
あれほど好きだった「ナムカンナムカン」も聴かず、「走りの行法」も我慢して大導師作法のみの聴聞でしたが
大導師さんの祈りの声に合わせて、自分も一緒に心より祈り捧げる気持ちが持てたことに満ち足りて帰路につきました。

2014年3月4日火曜日

二月堂修二会2014*長い一日のところどころで

お水取り2日目の日曜日。
前日にお泊まりのお客様方が、それぞれ昨晩の様子を話されて
「今年は特にお声明が素晴らしかった!」などとおっしゃるものだから
居ても立ってもいられなくなって(笑)日曜日で混んでいるかなと心配しながらも、お昼の休憩時間に二月堂まで走って行ってしまいました。
ちょうど「生飯さばなげ」に間に合いました。
食作法を終えて食堂じきどうから出てこられた練行衆が
閼伽井屋めがけて鳥獣への施しを投げられます。
ほとんどが閼伽井屋の屋根の上へ。
施しにあぶれた鹿さん達が「では、こっちの施しをいただきましょう」と急ぎ足で向かうは、湯屋の前。
私はまだもう少し時間があるので「日中」の勤行を聴聞することに。
13時過ぎ「日中」の上堂。
参籠宿所から出てこられた練行衆の方々
童子を伴って一団となっての上堂です。

「日中」の勤行が終わって平衆が内陣掃除をされている間、四職は処世界部屋へ。その後、勧進の間で全員が休憩されている様子を西の局から垣間みることができました。(とても和やかな雰囲気で)

まだ2日目ということもあるのでしょうか。
修二会のおよそのタイムスケジュールより大幅に遅れ気味で
「日中」の後の「日没」の勤行は聴聞せずに
仕事の関係上、このあたりで一旦奈良倶楽部に戻りました。
そして、夕方にお松明見学に再度出かけた様子はこちらで。

そしてそして夜の静寂の中、本日三度目の二月堂参りです。
夜10時半ころ「初夜」勤行の途中から西の局にて参観拝聴。
南無観自在南無観自在、ナムカンナムカン…と唱えられる宝号の調べや
「初夜」に続く「半夜」の最後に聴く法華懺法の調べに今年もうっとりしながら、結局、行が終わる最後まで聴聞していました。
(途中で小眠りしたり、ハッと目覚めて背筋を伸ばしたり。そんな中で聴いた「後夜」の大導師作法の過去者のよみあげで、我が家のお隣のK家先々代のお名前が聞こえてびっくりでした。)

日付が変わって深夜の1時半過ぎ。
一日の行を終えて「チョーズチョーズ」のかけ声とともに
登廊を一気に駆けおりて下堂。長い一日が終わりました。
その長い一日の勤行の中、少しずつ飛び飛びにですが
今年もこうして二月堂にお参りできたことにほっとしています。

2014年3月3日月曜日

二月堂修二会2014*やっぱりお松明!


修二会の醍醐味は、お松明だけではないと思ったこともありましたが

でも、やっぱりお松明はすごい!
二月堂舞台から空高く突き上げられ、舞い上がる炎!
飛び散り降りそそぐ火の粉!
見ているだけでわくわくして、なのに心が浄められていくような。

奈良時代から一度も絶えることなく続く「不退の行法」東大寺二月堂修二会。1263回目を数える今年2日目の初夜上堂松明。今年も火の粉を浴びて 一年の無事を喜び、また一年の無事を祈るのでした。

::
自分MEMO
18時15分ほど前に二月堂到着。日曜日にしてはそれほど人出もなく、竹矢来最後列、登廊付近のポジション確保。でも18時過ぎからどんどん人が多くなって、そのうちに竹矢来の中へ入れなくなってました。
この場所は、舞台全面を見渡せて北と南の両方で振り落とされる火の粉を同時に見ることができるのですが、私のカメラで写すにはちょっと離れすぎていました。(画像が粗いですね)
でも、加供奉行が、チョロ松明から松明へ火をつけられる様子を垣間みることができたのでした。