2010年6月24日木曜日
「祈りの回廊〜松尾寺の役行者像特別開帳」
昨日、特別開帳で見せてもらった松尾寺の役行者さん。
鳥肌が立つとはこういうことかと思ったくらい
武者震いするというか、魂をぎゅっと鷲掴みにされるというか。
上手い言葉が見つからないけれど、久方ぶりの感動でした。
一緒に行った相方さんも全く同じ反応で、二人して
「すごい!すごい!これはすごーい!」という言葉ばかり口に出て。
実は正直、矢田寺・東明寺・松尾寺の三寺巡りの
秘宝秘仏特別開帳の期待度が、自分の中ではそれほど高くなく、
訪ねたことがない東明寺というお寺に、この機会に行ってみようとか
矢田寺の紫陽花が楽しみ〜とか、その程度の気持ちだったのです。
そして最後に訪れた松尾寺も、役行者像はあちこちのお寺で見ているし
国宝でも重文でもなく「大和郡山市指定文化財」だし・・・。
矢田寺と東明寺の後に大和民俗博物館にも立ち寄ったので
疲れちゃったしパスしてお茶でもと思ったくらい。(相方さんも同感だった)
一人だったらきっとパスしていたかもしれないけれど
二人で励まし合って「せっかくだから行きましょう」と。
でも行ってよかった。見ることができて本当によかったです。
その大感激の役行者像の画像は こちらに載っていますが
とにかく大きいのです。他のお寺で見かける役行者像は小ぶりですが
こちらは像高130.3cmとあります。像の回りもいれると2m近い。
役行者の木像としては日本一の大きさだそうです。
頭巾をかぶり肩に簑を着け高下駄を履いて岩座に腰掛ける。
杉材の木目の粗い寄木造り。木造彩色。室町時代の作。(資料 より)
像の回りの化仏じゃないけど、そういうのの色鮮やかな彩色は
30年前に一度彩色し直されたものだそうです。
毎年9/1~9/7の「松尾寺修験道まつり」の期間中は
堂内から拝観できるので、またもう一度訪れてみたいと思います。
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大興奮の拝観の後、一日以上経ってクールダウンして
具体的に何がよかったのかを考えてみた。
ご存知のように私は仏像マニアでもオタクでも仏像好きでもない。
ただ単に素晴らしいものを見るのが大好きなだけ。
像を造った当時は勿論、その像が守り伝え続けてこられたのは
人々の祈りや願いや尊敬や諸々の目に見えない気持ちが
そこに昇華していて、結果として形ある像があるのではないかと
いつも思うのです。芸術と言われる作品にはそういう魂がこもっていて
その昇華したエッセンスが見る人の心を打つのではないでしょうか。
数々の仏像しかり。唐招提寺の鑑真和上像にも東大寺の重源上人像にも
造られた背景、造ろうとした人々の気持ち、
それを大事に護り伝えて来た人々の気持ちが
そこに刻印として残っているように感じます。
この役行者像にも同じようなものを感じましたが、それ以上に
この行者さんの慈悲深いまなざしを見ていると、不思議ですが
何でも包み込んでくれるような大らかな温かさも感じるのです。
帰宅してから昨日会った奈良好きさんや宿泊のお客様にも勧めまくり。
皆さん行って下さったかなぁ。どんな風に感じられたかなぁ。
たまたま拝観したお堂には私達だけで、静かにお参りできたことや
お寺の方がとても丁寧に説明して下さったりと、同じものを見ていても
その時のタイミングでまた感想も違ってくるでしょう。
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でも今回の秘仏特別開帳巡りで「祈りの回廊」という言葉の意味を
しみじみとかみしめることができました。
今年、奈良県では、一年を通して、平城遷都1300年を記念した
『祈りの回廊〜奈良大和路 秘宝・秘仏特別開帳』が開催され
中々拝観できないような秘宝秘仏が特別に公開されています。
その総称として「祈りの回廊」という名前がついているのですが
あまりに直球すぎて最初は気恥ずかしい言葉だと思ってました。
(かくいう私自身も情緒的な表現をよくするので気恥ずかしいと
自分でも思う時があるのですが、それはさておき。)
矢田寺の地蔵菩薩立像も、自然と手を合わせて祈願してしまう、
素直になれる不思議さを持っているお地蔵さんだったし
役行者さんもしかり。
秘宝秘仏というのを「めったに見られないものが今だけ特別公開」的に
捉えていたのでしたが、そうじゃない。
この「祈りの回廊」の奥深さ、底力、本物の凄さというものを
今日つくづく理解できたのは一つの収穫だったかもしれません。
長々と書きましたが、矢田寺の紫陽花も今月中はまだ充分楽しめます。
6月中までなので、是非「矢田寺、東明寺、松尾寺」と
「祈りの回廊」を楽しんで下さい。詳細はこちらで。
また松尾寺の公式ホームページはこちらです。
ちなみに松尾寺は日本最古の厄除霊場。
夫42歳本厄の厄除はこちらでした。(慈眼寺と2カ所でだけど)
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矢田寺、東明寺の特別開帳については後日に続きます。